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いよいよモンサン探検♪
<4日目>7月11日(月)

とっても有名な世界遺産ですが
モンサンミシェルとはいったい何?
城?寺?教会?
調べてみました!
モンサン1
この島はもともとモン・トンブ(墓の山)と呼ばれ
先住民のケルト人が信仰する聖地であった。
708年、アヴランシュ司教オベールが夢のなかで
大天使・ミカエルから
「この岩山に聖堂を建てよ」とのお告げを受けたが、
悪魔の悪戯だと思い信じなかった。
再び同じ夢を見たが、また信じなかった。
ついに3度目には大天使はしびれを切らし、
今度はオベールの額に指を触れて強く命じたところ、
オベールは稲妻が脳天を走る夢を見た。
翌朝、オベールは自分の頭に手を置くと
脳天に穴が開いていることに気づいて愕然とし、
ここに至って大天使ミカエルのお告げが本物であると確信して
ここに礼拝堂を作ったのが始まりである。
966年にはノルマンディー公リシャール1世が
ベネディクト会の修道院を島に建て、
これが増改築を重ねて13世紀にはほぼ現在のような
形になったものである。
中世以来、カトリックの聖地として多くの巡礼者を集めてきた。
百年戦争の期間は島全体が英仏海峡に浮かぶ要塞の役目をしていた。
モン・サン=ミシェルの入り口には
今もイギリス軍が捨てていった大砲とその弾が残っている。
18世紀末のフランス革命時に修道院は廃止され
1863年まで国の監獄として使用され、
その後荒廃していたが、ヴィクトル・ユゴーの紹介が
ナポレオン3世を動かし、1865年に再び修道院として復元され、
ミサが行われるようになった。
19世紀には陸との間に堤防を造成して
鉄道・道路ができ陸続きになり(鉄道は後に廃止)、
フランス西部の有数の観光地となっている。
1979年にはユネスコの世界遺産に登録された。
2006.8.5現在、3人の修道士が在住し、
9人の修道女が近隣の町から通って運営に当たっている。
近年、堤防の影響により、島の周囲が砂洲化しつつあり、
国家事業として、かつての「島」に戻すプロジェクトが進んでいる。
~Wikipediaより~


結構突っ込みどころ満載
ファンタジーな歴史です。

修道院になったり要塞になったり
監獄になったり…
数奇な運命をたどったんですね~

さて、モンサンミシェルの入り口は前哨門。
モンサン29
すごく嬉しくって門に抱きついてしまった~

そこから第二の門「要塞の門」へ!
モンサン2

そして「王の門」
モンサン9
跳ね橋になっていて敵の襲来に備えたそうです。

参道「グランド・リュ」は道幅2mもないくらいで
観光客でいっぱい。
モンサン3
狭い心斎橋筋みたい(笑)
左右には土産物屋さんとレストラン。

アジサイが満開。
モンサン4

ここは、北塔Tour du Nordという展望台ですが、
元は見張り台かな?
モンサン5
潟がずっと先まで続きます。

グランド・リュも上から見たら普通のお家
モンサン6

今日は干満の差もなく潮が満ちてこないので
モンサンミシェルの周りを
ぐるりとお散歩できます。
モンサン27

裏手から見る修道院。
モンサン18
ちょっと珍しいかな?

修道院まで荷物を滑車で引き上げていたそうです。
モンサン7

バス乗り場からのモンサン。
モンサン8
このあたりが撮影ポイントかな?

修道院。
モンサン16
どうしても先っちょにあるミカエル様が
撮れません。
逆光やし

参考資料
モンサン30
この方がオベール司教の頭にあけた人です!


細い道や階段が迷路のように
入り組んでいます。
こんな道や
モンサン17
こんな細~い道もあります。
私が1人やっと通れる位。
モンサン33

でも迷うことはありません。
道は全部グランドリュと修道院につながっていますので(笑)

一旦ホテルに帰ります。



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[2011/08/19 13:35 ] | フランス2011 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top
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